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2008年12月26日
お帰りなさ〜いっ!そして、勇気をありがとうohanaサマ〜。
[ エステロリスト(化粧品/美容業界) ] 

ぽっ今朝pcを開けたアタクシに飛び込んできたのは・・・・マイミクのohanaの記事新着情報〜メール

 ohanaはアタクシの本当に大切なお弟子サマの1人です。きれいで可愛らしくって、お料理上手で優しい、たぶんドナタが彼女と出会ってもohanaのチャーミングさに心を奪われる・・・そんな自慢のお弟子サマです。

 その彼女の記事新着にアタクシの心は少しだけためらいがございました。嬉しい、すぐにでも開けたい・・・でも・・・なんて書いてある???

・・・・・・・彼女は数日前まで入院していました。病名は“子宮がん”でした。今、2人に一人は癌にかかると言われておりますが、かつて子宮がんだったお弟子サマが1人、卵巣癌だったお弟子サマが1人、けれどもソレはアタクシと知り合う前で、アタクシは今回まさに初めてこの局面に出くわしたのでした。

 発覚寸前にmixiにて“子宮防衛軍”を立ち上げ、アタクシは有害化学物質が子宮に貯まるカモシレナイ、貯まった物質がドウにかナルかも知れない、胎児に影響するカモシレナイ・・・から安全な体内環境=子宮環境を考えるために立ち上がった矢先、もっと言えばohanaがその防衛軍に名乗りを上げて間もなく、彼女は我が身こそが子宮癌に侵されていたことを知るんですの。

 ソレからは筆舌には尽くしがたい、本当に戦場さながらの死と隣り合わせの戦いを、彼女はたった一人で戦い抜いたのです。死の淵からたった一人で立ち上がって来たのです。生きる気力の乏しい中でのOPE. 辛い抗がん剤治療、場所を変えての病院での放射線治療。

 その中で、見守る事しかできぬ周囲へ、ねぎらいの言葉までかけて、ともすれば弱気になる心をねじ伏せ、とうとう彼女はクリスマス前に退院を果たしました。

 2ヶ月もの入院生活の中で、大切なものが見えてきた、と彼女は言います。これからソノ経験を彼女の人生の中でどう表現していくか考えていく、と言います。

 ・・・・・・・子宮防衛軍を立ち上げながらアタクシがちっともそのことに触れるコトが出来ないで居たのはohanaへの配慮では無く、ただただアタクシの“弱さ”にあったのかも知れませんわ。ただただアタクシの不甲斐なさ、と言ってしまっても良いでしょう。

 それなのに

 今日アップされた彼女の記事の中に

 ありがとうの気持ちを込めて

 私を救う事に必死になってくれたココ先生

 と言う言葉を見つけて大泣き。

       (`(`(`(`ヽ(`Д´)ノ  ウワ・ウワ・ウワ・ウワ・ウワアァァァン!!

 アァタねぇ、コッチがありがとうございますっ!!なんですのよ。良くぞこうしてお帰りになってくださった。確かに失ったものは多かったわ。しかも失いたく無いに決まってるモノですもの。

 でもね、失った以上に、得られたものも多かったはず。今はボンヤリとしか判らなくてもこれから得たものの大きさに心からの感謝を送ることが出来ると思いますのよ。

 けれど既にもうohanaは充分に実感されていらっしゃるご様子。なぜなら・・・・

 マキダイ改めohana・・・と言うHNに変える、高らかな“宣言”っっ!!! ohanaはハワイ語で《家族=family》ですもの。

 こんな何気ない変化も新しいナニカの『気づき』だと思うと来年も明るく良い年になる予感が\(*´∇`*)/大っ!!!

 子宮防衛軍、新たな力を得て迎える p(^_^)q2009年アタクシ達はガンガン頑張りMA~Xッ!!!

最終更新日  2008年12月26日 17時34分55秒